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横浜地方裁判所 昭和40年(ワ)615号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠略>を綜合すると、原告の下請をしてした藤井孝之介の使用人である訴外石川俊成は昭和三八年八月一八日午後八時二〇分ごろ、原告所有の六二年型いすゞエルフ小型ダンプ(神四ぬ一九八〇号)を運転し、横浜方面より茅ケ崎方面に向つて時速四〇ないし五〇キロメートルの速度で進行中、藤沢市大庭三一五番地先路上にさしかかつたところ、被告と商号を同じくする旧中村運輸株式会社の被用者である訴外佐々木武夫が同社業務執行として同社取締役中村健次郎所有名義の第二種三輪車(足六あ七一五号)を運転し、反対方面から進行して来たが、同人は前方注視義務を怠り、自己の進路方左側に道路工事中の箇所があるのを気付かず、その直前にせまつてようやくこれを認め避けようとして急いでハンドルを右に大きく切つたために自車はスリツプして横転し、折柄右工事箇所附近を通過せんとした訴外石川の運転する小型ダンプの前面に激突同ダンプを大破させたことが認められる。被告代表者中村一郎は旧中村運輸株式会社は自動車による貨物輸送を業としておらず、右事故当時これを業としていたのは同人の父である訴外中村健次郎であつて前記佐々木武夫はその使用人であつた、と供述し、<証拠略>によれば、昭和二八年一二月一二日東京陸運局長から右中村健次郎に対し一般小型貨物自動車運送事業の経営を免許している事実も認められるが、右代表者尋問の結果によつても健次郎は旧中村運輸の本店所在地で貨物運送業をしていたとのことであり、乙第四号証によれば同会社の営業目的の第一は自動車による貨物輸送とせられていたことが明白であつて、これに前記甲第五号証中の旧中村運輸が佐々木武夫の使用者として本件事故により身体の傷害をうけた者に示談金の支払をした旨の記載を合せ考えると、旧中村運輸は法律上自動車による貨物運送事業を営む資格があつたか否かの点はさておき事実上はその本店所在地で右佐々木らを使用して同事業を営み、本件事故は右事業の執行にあたつて発生したものであり、それならばこそ右示談金の支払交渉に応じたものと認められ、この認定に反する被告代表者の供述は信用がおけず他に以上の認定を左右できる証拠はない。

右の事実によれば旧中村運輸株式会社は民法第七一五条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務である。

原告主張のとおり、旧中村運輸株式会社が昭和三九年九月一六日商号を中村興業株式会社に変更し、さらにその後約三カ月にして解散し、一方被告会社が右商号変更後わづか五日たつた同年九月二一日変更前と同一の商号で設立登記を経由したこと、及び両会社が商号のほかにも、登記上本店所在地が同一で営業目的を同じ貨物運送業とし、代表取締役中村一郎をはじめとして、中村敬三、石井明司、増田益蔵、中村健次郎がいずれも取締役ないし監査役として同じく就任していることについては当事者間に争いのないところであり、事実上もそのとおりと認めるべく、この事実と<証拠略>によれば、被告会社は旧中村運輸株式会社使用の電話を譲り受け利用していること、被告会社は旧中村運輸株式会社と同一建物及び営業車で営業を開始し現在この営業を継続していることが認められ、これに反する<証拠>はこれを措信することができない。

右事実によれば、旧中村運輸株式会社は商号を変更の上解散しその間被告会社が新たに発足したには違いがないが、営業の実体は別個のものと認めることはできないので被告会社はその発足にあたり旧中村運輸株式会社の営業を譲り受けたものと推認するのが相当である。

<証拠>によれば、被告会社は成立後一年五月を経た昭和四一年二月二四日東京陸運局長から一般区域貨物自動車運送事業の経営を免許されていることを認められるがこのことは免許前に事実上営業を譲りうけ貨物自動車運送業を営んでいたとの事実の認定を左右するに足るものではない。

してみれば、被告会社は旧中村運輸株式会社の営業を譲りうけかつ、その商号を続用するものとして商法第二六条の規定に基づき旧中村運輸の営業によつて生じた本件事故による損害賠償債務を弁済する責任があるというべきである。(森文治)

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